牡丹もちと「コーヒームーン」
元気な金髪少女が好きだからジャケ買いしてしばらく積んでたけどアタリだった。
終わらない一日を少女ピエタが繰り返すというあらすじだけなら普通のオタクなら100回は目にしたような話だが、とにかく演出が気が利いてて良い。黒と白だけの世界に終わらない雨。陰鬱な世界にピエタの笑顔と髪だけが映える。
ループに引き込まれる親友駄苗(ダナエ)と新たに友達になるお嬢様キアロという配役から、人間関係を軸に物語が駆動していくのだと思われるが、どう転ぶのか全く予想がつかない。作者もこう言ってるし、単純なバッドエンドではないと思うが。とにかく続きが気になる。
あと、ぐるぐる目良いよね。この物語は登場人物みんな狂気と正気の狭間にいるような不穏な精神状態だけど、1巻ラストの白黒反転とか、作者はぐるぐる目を意識的に使ってそうなのも個人的にかなりポイントと高い。
地に足の付いた「異端」 筒井賢治『グノーシス 古代キリスト教の〈異端思想〉』
体制批判のごとく血なまぐさい熱狂もなく、殉教指令のごとく凍りつくような冷徹さもなく、単にギリシア哲学や二元論的な世界観を積極的に取り入れてキリスト教の福音を知的に極めようとした無害で生ぬるい運動。表現がネガティブにすぎるかもしれないが、つまるところ、紀元二世紀のキリスト教グノーシスとはこのようなものであったと言っても間違いではない。
いやはや面白かった。最近キリスト教の歴史について興味を持ち色々本を読んでいるが、その中でもピカイチだった。
肉体は仮初めのもので精神こそが人間の本質と見なしそれを貴ぶという考え方は、初期キリスト教以前のギリシア哲学の時代からあった。生に四苦八苦を見いだし輪廻からの離脱を目指す仏教も似通った傾向はあるだろうし、現代日本に生きる我々にも、決して理解できないものではないと思う。
しかしなぜそれが、現世は悪の神が作った悪の世界であるとするキリスト教グノーシス主義に至ったのか。簡単に言えば、ユダヤ教の神とキリスト教の神は本当に同一なのか、という疑問に答えるためである。ヨブ記に表れるような傲慢で人間を所有物として扱う神と、イエスが語る慈悲深き神が同じなのか。アブラハムの子孫を救うユダヤ教の神が、全人類を救うキリスト教の神と同じなのか。そして全能なる神がこの世を作ったのならばなぜこの世に悪が溢れているのか。
もちろんイエスも直弟子たちも我らの神はユダヤの神と同じであると繰り返し述べているし、キリスト教の指導者たちは様々な方法でそれを「論証」してきた。
しかしユダヤ教の神とキリスト教の神は同一ではない、と言ってしまう道もある。それがグノーシスである。ユダヤ教の神(創造神)はキリスト教(至高神)の神のごく一部でしかない。しかもその創造神は自らの不完全性に気づかぬ愚か者であったためにこの世には悪が溢れたが、至高神と我々は愛によって結びついている。よって至高神の存在を認識(グノーシス)し、現世からそこに至るのが救いの道だ、というのがキリスト教グノーシス主義である。
無神論者の浅薄な理解ではあるが、本書を読んでこのように脳内に道筋が出来た。筆者曰く、グノーシスが現世否定の思想だとは言っても、実際の信徒が際立って退廃的・厭世的な行動をとったわけではないそうな。グノーシスの一見とっぴな思想が、狂信ではなく歴史的必然をもった論理的帰結として生まれた、というのが面白い。
あっと「のんのんびより 11」
相変わらずひか姉のツッコミがキレッキレで良い。アニメの2クールと映画で積み重ねてきただけあって、福園さんが怒鳴る声が想像できる。
実はいなかった純粋な子どもキャラとしてしおりちゃんがうまく定着してきたのも良い。
「ミッドサマー」「ジョジョ・ラビット」「ナイブズ・アウト」
24時間で3本映画を見た。
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ミッドサマー
下馬評が良かったのでかなり期待してたんだけど正直合わなかった。体が植物化したり食べ物(≒死体)がグネグネ動いたりみたいなドラッグ描写は見応えあったし、白夜の中でのお祭り描写も作り込まれた映像が見れて何というか満足感はあった。ただこの満足感は昔見た「山奥の修道院での敬虔な信仰生活に密着したドキュメンタリー映画」に近い普段見られないもんを見たというだけのことであって、それ以上のもんではないような。
とにかく段取りが良すぎるというかショッキングシーンの10分前には何が起こるか大体予想が付くので、見ていて結構弛緩していた。人体破壊描写は苛烈だし、鶏小屋のシーンとかそうするかって意外性はあったけど……。じゃあそれが面白いか怖いかっていうと微妙。後頭部殴られて瀕死の時にいびきみたいな音出すのがリアルだっていうのは分かるけど、僕は別にそれを実際に見たわけではないのでリアリティは別に感じないし。緊張感だとジョジョ・ラビットの初対面やゲシュタポのシーンがよっぽどあった感じ。
冒頭の人間関係のギスギスシーンのイヤーな感じはよくできてると思うんだけど、その分ダニとクリスチャンの2人ともたっぷり嫌いになったというか心が離れたので、頭がスラッシャームービー見るときの脳に切り替わったかも。ダニに感情移入して見れば怖くて面白いのかもしれない。ジョシュを主人公に田舎の超常的奇祭を一歩引いた立場からみる妖怪ハンター的話だったら僕はもっと楽しめたと思うんだけど、まあ監督が見せたいものは違うんだろう。
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ジョジョ・ラビット
ボーイ・ミーツ・ガールなんだけどそれに留まらないというか、少年の成長と外部との交流をすごく丁寧に描いていてとても良い映画だった。典型的なナチの人であるミス・ラームでさえもわずかな描写から彼女にもそれなりの背景がある「普通の人」であることが感じられるし、ほとんど喋らないけどコミカルなフィンケル君もいいし、もちろん重要な役割を持つお母さんとキャプテンKもいい。あと鈍くさいヨーキー少年。
戦時下でもそれぞれに一生懸命に生きている人がいて、子供目線故に決定的なシーンは見せないながらも戦争によってそれが失われる場面もちゃんと描く、反戦的メッセージを持つ映画でもある。
まああの状況でジョジョが放置されるのかっていう疑問は正直感じたけど、戦況逼迫でゲシュタポもそれどころじゃなかったということで納得しとこう。
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ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密
クリスティー風ミステリー映画なんだけど、倒叙物っぽい犯行がばれるかばれないかのサスペンスをやって、そこからさらに一ひねりあるという作りでかなり楽しめた。謎の老婆!怪しい洋館!偏屈な老人の死から親族間の骨肉の争い!家政婦は見た!っていうコテコテな要素も入れつつ、舞台が現代アメリカなんでネトウヨ少年やインスタのインフルエンサーに移民問題と適度に外してくるのも小気味よい。
真犯人はバリバリ怪しい感じはあったが、詳細については僕は分からなかったし、結構ミステリーとしてフェアに面白くできてるんじゃないかと思う。
タイトルになっているナイフに加え、ボールや犬みたいな小道具の使い方も気が行き届いている。あと長女のリンダさん周りの、親族内では唯一被害者と通じ合ってた感じの描写がホロリときたのも良かった。
夜と闇の溶けない世界 模造クリスタル「スペクトラルウィザード 最強の魔法をめぐる冒険」
増田とid:AQMさんの評を読んでちょっと言語化したいと思ったので残しておく。
この物語の登場人物たちの多くはそこそこに善良で、そこそこに信念をもって行動している。唯一の例外は世界をリセットしようと暗躍する前騎士団長なのだが、彼の印象は恐ろしく薄い。彼を止めようとみんなが動いているはずなのに、どこかかみ合わない。上手く行くわけでも、決定的に対立して崩壊するわけでもない。世界は優しく残酷に、変わらない。
前回も夜の物語だったが、今回さらに南極をメインの舞台に一つの物語を展開したことで諦めに満ちた静謐さがより強調されたように思う。
ただ、もちろんこのマンガはその中に一筋残る人間性の話でもある。同作者の「黒き淀みのヘドロさん」は、似たようなテーマを描きながらバランスが結構違う作品なんだな、と改めて思ったり。