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「前」とは見えている範囲

言葉

 

前後ぉ/////

時が前に進むと誰が決めたんだ→確かに1日前には進まない

2017/03/17 01:37

日本語の「まえ」は本来「目方」と漢字をあて、「尻方(しりえ)」と対になる言葉である。つまり「まえ」の中心的な意味は「自分の見ている方向」あたりになるのだろう。未来は見えないが過去は自分が見てきた範囲である。それ故時間については進行方向後ろが「まえ」になる、という風に理解しておく。

「丸み」は丸められない

言葉

 

「○○み」っていう表現ヤメロ

いや例えば、凄さと凄みって全然違うよね。ある表現が嫌いでもこういう適当な批判をしてはいけない。/「さ」は自分が受け取った感覚、「み」は対象の性質に重点を置いた表現と捉えるべきでしょうね。

2017/03/05 19:52
動詞の連用形で概念を表す名詞化することから来てるんじゃないかなあ 悲し..

最初俺もそう考えたが、この理屈だと文語高むの名詞形「高み」と、口語高める名詞形「高め」の意味が一緒にならないとおかしい。形容詞「高い」の語幹に接尾語「む」がついたと考えるべきだろう。

2017/03/06 10:03
「○○み」は概念そのもの、「○○さ」は定量的な判断を加味している。 だ..

この辺の感覚は曖昧なので「真剣み」とか逆にちょっと使いづらくなってる気もする。

2017/03/06 10:13

ブコメで言いたいことは大体書いてしまったので以下取り留めも無く書き散らす。

日本国語大辞典には「み」について以下のようにある。

形容詞または形容動詞の語幹に付いて名詞をつくる。

①そのような状態をしている場所をいう。「高み」「明るみ」「深み」など。

②その性質・状態の程度やその様子を表わす。「さ」と比べると使われ方は限られる。「厚み」「重み」「苦み」「赤み」「面白みに欠ける」「真剣みが薄い(たりない)」など。

補注

②の中には、漢語の「味」と混同して意識され、「味」をあて字として用いることも、近代には多い。

よく言われる「○○み」への違和感というのは、「バブい」とか「わかりい」とかいった元になる形容詞が無いのに「バブみ」や「わかりみ」といった派生形だけが使われていたり、普通は「み」を付けない形容詞に対して使われているからであって、単に「それは元来「○○さ」が担ってきた役割だ」というのは全く的外れだ。両者は意味が違うので、当然「担ってきた役割」も別だからである。標準的でない「○○み」という言葉が使われている場合、話者は多くの場合「○○さ」には収まらない意図を伝えようとしているのである。

で、「力む」→「力み」のようにマ行4段、5段活用動詞の連用形は名詞としても使われるため、これが拡大して使われるようになったのではないかと当初は思っていた。この場合「丸み」「高み」に対応する動詞「丸む」「高む」などは耳慣れないが、文語には存在する。

しかしブコメにも書いたように、文語「丸む」は口語「丸める」に相当するにもかかわらず、それぞれの連用形「丸み」と「丸め」は明らかに違う意味の言葉である。正確に言うと、かつては文語「丸み」も「丸めること」という意味を持っていたのかもしれないが、現代に生きる我々はそう解釈しない。接尾語「み」は日国に書かれているように、場所や属性を示すという独自の役割を持っているのだ。

つまりこの増田(「○○み」は、もともとは場所を表す名詞化だったのかな 「深みにはまる」..)が言っているいることは全く正しい。なにやら揶揄するようなトラバが付いているが、何が問題なのか説明してほしいものだ。

敬語とは遠ざけること

 

配偶者のニュートラルな呼び名

奥も旦那も語源から離れた敬語表現なのでそれで良かろうよ。配偶者・夫・妻のような直接的語を避けて、あえて迂遠な表現をするのが敬語というものなので。

2017/02/10 17:24

 敬語とは遠ざけること、と言うと言い過ぎだが、重要な要素の一つではあるだろう。

色のついていないニュートラルな表現がほしいと思うのはもっともだ。けれどニュートラルというのにも色々あって、客観的な表現ならいいが直截的だと失礼な感じになってしまう。

「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」と言われるのは義理の父子になる関係を拒否しているからであり別の話だが、それでなくても「あなたの父親は~」というと若干無礼な感じはあり、普通はお父さんとかお父上とか敬語を使うだろう。別に父親が目上の人だから、というだけではない。「あなたの息子は~」というのものよほど公的な場でないと使わず、息子さんとかご子息とか言う。「あなたの息子」は下ネタっぽいというのは、まあ置いておこう。

他人の夫や妻に「あなたの夫or妻は~」という表現が使いづらいのも同じように、一対一の関係である夫と妻に踏み込んでしまっているように感じるからだろう。夫or妻という表現を使っていいのは公的な場を覗いては当人のみ、という意識がある。対象を敬語にすることで、「それが自分の身内では無い」という声明になるのだ。

で、ブコメには配偶者と呼ぶというのも多かったのだけれど、配偶者は法的な婚姻関係にあるものにしか使わないというのに加えて、やっぱり一対一の関係から離れられていないので、失礼な感じからは逃れられないんじゃないだろうか。

 

自分の妻を嫁さん・奥さん・相方・ツレなどと呼ぶのはよそよそしくて違和感がある、というような話題もたまに上がるが、それも直截的な関係を意味する表現に照れがあるから、自分との関係性を表す「妻」という語がさけられるのだろう。

あかんかったんや!ロリに和姦とかあかんかったんや!

マンガ

エロ漫画の話をしよう(提案)。 

ロリ系雑誌で思うのは、なんであんなにレイプばっかなのか。 もっともロリ..

RINの後継のJuicyも和姦メインを標榜してるみたいで、LOとRINの棲み分けでそうなったような気も。結果的に残ったのはLOだから和姦の需要が少なかったのかもしれないが。

2016/12/08 12:01

 このブコメ書いた後に、

 これを知りましてね。

「ガハァ!」「血を吐いた!」

「やっぱり無理やったんや!ロリコンなんてみんなレイプ魔でラブラブ和姦なんて需要なかったんや!」

というのは冗談としても、前身のRINから続けて第1号から買い続けてた雑誌が終わるのはショックです。ブコメはあくまでもRINが終わったことについて書いたつもりでJuicy終了なんて知らなかったんですよ。ズリネタで綺麗事吐かすなと思われるかもしれませんが、どこぞのクリボーのごとく女の子が不幸すぎる話だと抜けないというナイーブな需要はそこそこあると思うのですよ。LOはレイプと、そこまで行かなくても悪い大人が子どもを騙くらかす感じの黒いマンガがまあ半分ぐらいなのに対して、Juicyは半分中学生カップルのラブラブエッチ。他の話も奥手な先生に女の子の側から仕掛けるのとか、おねショタ風味とか、ホーミングみたいに女の子が土下座する勢いの痴女みたいなのが中心で棲み分けしており、まあぶっちゃけマンネリ感はあったような気がしますが、エロ漫画なんてそんなもんだよ上等だろと思い、16号まで4年近く、不定期刊行でも毎号楽しみにして来たんですが、そうですか、無理でしたか。

いやー、嫌な予感はしてたんですよね。最初はほっけうるふのカラー絵が大きな目当ての一つだったのにカラーページがなくなり、後からできたJK専門誌のコミック高が定期刊行になったのにJuicyは不定期刊行のままで。好色少年にGirls forMに永遠娘と、茜新社属性ごとに雑誌作りすぎやろとは思っていましたが、最初に切られたのはJCでした。和姦じゃなくてJCがダメだった……とも思いたくないなあ。モバマス等、エロ以外でもそこら辺の年代のキャラが好きなので。

とりあえずは、Juicy連載陣の先生と編集者の皆々様の、ますますのご活躍とご健勝を、心より祈らせて頂きます。

 

カレーを作る作る作る

久しぶりに増田カレーを作る。

タマネギ1個をフードプロセッサーでみじん切りにし、弱火で炒める。その後鶏胸肉を同じくフードプロセッサーでミンチにする。胸についてた鶏皮はつまみ食い用に塩コショウかけてタマネギの横で火を通す。

ミンチにしたら、干し椎茸にしようと思ってたけど天候不順で諦めたシイタケを適当に小さめに切る。ここで鶏皮にいい感じに火が通ったので食べる。香ばしく美味い。

クミンシードを忘れていたので油少量とともにフライパンに入れる。タマネギの色が変わったらバターを多分30gぐらい入れる。シイタケと鶏胸肉ミンチを投入して炒める。鶏肉に火が通ったら次は増田カレーの分量でスパイス投入。混ぜ合わせたら400gのトマト缶をぶっこむ。冷蔵庫にあったみじん切りのニンジンも入れる。

これで20分ぐらい煮たらだいたい完成なのだが、その日はあんまり腹が減ってないかなという気分だったので食べずに寝てしまった。食うことよりも作ることが目的になっている感がある。

次の日、せっかくなのでスーパーに行ってヨーグルトと豆の水煮を買ってくる。豆は大豆メインだったのでなんかカレーっぽくない気がするが、まあ仕方がない。魚肉ソーセージも手でちぎりつつ入れる。ひと煮立ちさせてなんか薄味だったので、スパイスを追加投入。塩とケッチャップも入れる。

これで完成。美味い。キノコにトマトに豆と動物性タンパクも入れて、うま味の集まりなので不味い訳がない。あと二食分ぐらいあるが、どうやって食べよう。

水と油

 

パサパサがおいしいもの

美味しいならカリカリとかサクサクとかパリパリとかパラパラとか別の言いようがあると思うよ

2016/11/01 11:18

 パサパサは単に水がない状態とおもっていたが

カリカリのベーコン

・サクサクのクッキー

・パリパリの海苔

・パラパラのチャーハン

みたいに、上に挙げたのは大抵油分があるよなあ。いや、海苔にはないけど。油じゃないけど醤油塗ってあるからまあええやろ。

水も油も含まれていないことを積極的に評価するのはなかなか難しそうだ。

ブコメではきなこやゆで卵の黄身が上がってたけど、それも水分がない事自体を積極的に評価してるわけじゃなさそうな気がするけど、どうなんだろう。

やっぱり相貌失認だったらしい

先日心療科の先生とお話をしたのだが、俺は「相貌失認の症状がある」ということらしい。

昔から同じクラスの人間の顔や名前を覚えられないとは思っていたのだが、単に物覚えが悪いだけだと思っていた。のだが、最近次のような出来事があった。

・半年ぶりに帰省した際、駅であった親の顔を見て、親だと確信が持てない。

・久しぶりに高校や大学の友人に合うと、やっぱり確信が持てない。

・「仁義なき戦い広島死闘篇」を見ていた際、リンチで惨殺された北大路欣也が次のシーンでまた出てきた、と思ったら死んだのは川谷拓三だった。

・職場の同僚の顔は大体覚えたと思っていたが、たまたま外で会う用事があったとき、声をかけられるまでそれと分からなかった。

・仕事で人の顔を確認する機会があり、自信がなかったので上司にチェックを頼んだ。有名人だったこともあり、上司は特に資料を見ずとも誰が誰か把握していた。

あと「Dr 林のこころと脳の相談室」で相貌失認という症状は極端に珍しいものではないということを知り、増田で知ったテストをやってみたら点数が低かったので気になってはいた。考えてみれば学校の成績で、暗記科目が極端に悪かったということはない。仕事でミスが少ないとは言わないが、人の顔を覚える以外で、何かが覚えられず困ったという経験もそうない。

上で書いたチェックを頼んだ上司に、一度産業医に相談してみてはどうかと言われた。確かに素人診断ではなく専門家の意見を一度聞いてみるべきだろうと思い、心療科の先生を紹介してもらって冒頭書いたように話を聞いてもらった結果、「症状としては相貌失認」ということらしい。まあ精神疾患とは社会生活を送る上でどの程度不都合があるかで決まる部分がある。俺はそれほど大きな不都合があるわけではないので、病気と言えるかは微妙ということだろう。

先生の話では、俺のように軽度の症状のものを含めると、100人に1人から2人程度相貌失認の人間はいるらしい。事故などが原因の後天的なものと比べると、症状が進行することは無いらしいが、特に治療法も無いらしい。

できれば客観的に記憶力についての診断が欲しかったのだが、「このテストで何点以下を取れば相貌失認」というような、明確な診断基準は存在しないらしい。相貌失認の患者と健常者を集めてテストをさせ、点数の違いを見るというような研究は行われているらしいが、診断に使えるような尺度は存在しないのだそうだ。そこはなんというか、消化不良感がある。

ただまあ、面談前から大体わかっていたことではあるが、色々とどうしようもないことである。「人の顔を覚えるのが苦手」ということを認識した上で、自分で工夫して生きていくしかないのだろう。予告があった方が無かった場合より痛みを感じたときのストレスが減る、みたいな話を聞いたことがあるし、心構えは大事だろう。初対面の人間に対して「俺は人の顔を覚えるのが苦手なので、忘れていても気を悪くしないでくれ」と言ってみるのはどの程度有効だろうか。

将来鬱や物忘れを併発する可能性が高いかもしれないのでそのときはまた相談に来てくれとは言われたので、それは多少心に留めておかないといけない。

 

相貌失認と言っても、別に人間の顔がのっぺらぼうに見えているわけではない。全く同じ写真を二つ並べられたら、それは同じ写真だと分かる。だが、角度が変わったり、表情が変わったりすると、途端に分からなくなる。顔を立体的に捉えるとか、抽象的に捉えるとかいうことができないのだと思う。特に笑顔が分かりづらい。目を細くなり、口角を上げたり口を開いたりして、口の形も変わっていることが多いからね。

こっから先は独自研究なのだが、多分俺の脳の中では、通常の認知・記憶システムは問題なく働いているが、一部の特殊な役割を果たすソフトがうまく稼働していないのだろう。

俺は聴覚についても、どうもカクテルパーティー効果が弱い。小さい音を聞き取る一般的な聴力は問題ない。だが、道端や飲食店内などの雑音が多い環境で、隣の二人は普通に会話しているのに、俺には全く何を言っているのか分からないということがよくある。人間の脳は人間の声を聞き取る際には、他の音とは違う特別な認知システムが働いているが、俺はその認知システムが弱いため、人間の声と他の音を聞き分けることができない。

相貌失認についても同じで、人間は他人の顔を認知・記憶する際に、普通の風景や絵を見るときとは別のシステムを動かしているのだろう。一般的な記憶には問題ないが人の顔が全く覚えられないという、後天的な相貌失認の存在がそれを裏付けている。

こういう機能は、進化の過程で、人類が重要な情報を効率よく処理するために得たものなのだろう。