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アクト・オブ・キリングを見てきた

映画

考えがまとまらないので印象に残ったことを簡単に書く。

作中アンワルたち虐殺の実行者達は、本物の殺人を経験した俺達なら世にあふれるアクション映画よりも本物の「サド」を演じられると豪語する。だけど、劇中の芝居がハリウッド映画より真に迫っているようには見えない。これは、現実の殺人もそのように淡々とした、つまらないものだということなのだろうか。

それとも、映画館でダフ屋をやりプレスリーに憧れていたアンワルにとって、殺人も素人の出来の悪い演技の延長でしかなかったのだろうか。上役に反政府勢力の名簿という台本を渡され、自由と反共をシンボルにした英雄を演じる。

だから実際に見たリアルである殺される側の演技は真に迫っているように見えるし、それを演じたあとは英雄の演技が剥がれてしまうのだろうか。しかし、そういう過程で英雄の演技が剥がれたのであれば、最後のシーンのアンワルは悔悟者の演技をしているだけかもしれない、とも思えてしまう。