もう少しだけ生きてみる 『すずめの戸締まり』感想

タイトルは宮崎駿の「生きろ」、富野由悠季の「頼まれなくたって、生きてやる」からの類推です。

災害であれ過疎であれ人の営みが失われていくのは悲しいけれども、その後にはある種美しい自然に戻っていく。いずれは全てが失われていくかもしれないけれど、人間はそれでも他人との縁を頼りにどうにかこうにか生きてく、という感じでしょうか。

とても好きな話なんだけど、基本的に静的な話なのでちょっと語りづらい。災害を未然に防ぐ話だしね。椅子と猫のおっかけっことか絵的にはとても楽しいんだけど、あくまで観客に対するサービスという印象。もっと「美しい廃墟」描写があっても良かった気がするが、そこは自制したのかな。「これが、綺麗?」のセリフからしても、滅びの美学とか廃墟価値とかではなく、あくまで生活の美しさを描きたかったんだろう。

君の名は。」が大勢の人を救う話、「天気の子」が一人の人間を救う話だったのに対して、「すずめの戸締まり」は自分で自分を救う話。

オチに現れるあの人、すぐに正体に気づいた人もいると思うんですけど、僕は直前まで分かりませんでした。わざわざ常世なんて設定を作るからには死者との対話をするのかと思ってたんですが、それはしない。あくまで生きている人間が、生きている人間と関わるなかで、過去にケリを付ける話。

ファンタジックな話でありながらも、決着の付け方にある種の誠実さというか真面目さがある。この辺女の子助けたら世界は助けられなかったけどそれでも生きていく天気の子と同じ感触で、そういう新海監督の語り口が好きです。天気の子はメタセカイ系で、すずめの戸締まりは非セカイ系

 

八幡浜港のフェリー乗り場でチャンポン麺食べたなあ、と思ったら改築されてあの建物無くなったらしい。

・天気の子の凪パイセンに続いて力を貸してくれる陽キャが魅力的すぎる。ヒロインよりも「陰キャオタクにとっての理想化された存在」感がある。神木隆之介も上手すぎる。

・ダイジンはまあ、可哀想だよね……。常世の中にあるはずの要石が現世にあったってことはああいう風な要石の移動が定期的に起こるのだろうと解釈しているが、嫌で他人に押しつけた役目も再び引き受けたわけで。