マルレーヌ・ラリュエル「ファシズムとロシア」

 

ロシアによるウクライナ侵攻以降、ファシズムという言葉は何でも入れられるゴミ箱のような扱いを受け、定義不明のまま罵倒語として飛び交ってきた。

本書ではファシズムを「暴力的手段によって再構成された、古来の価値に基づく新たな世界を想像することで近代を徹底的に破壊することを呼びかける、メタ政治的イデオロギー」と定義している。

この定義を採用するならばロシアの現体制がファシズムとは言えないし、もちろんウクライナの体制もファシズムでない。*1

ロシアには確かに排外主義的・民族主義的な主張を行うグループが存在するが、そのようなグループは東欧に西欧にもアメリカにもアフリカにも日本にもアジアにもいる。そのようなグループの存在と、体制そのものがファシズム的存在があるかは別の話である。プーチンはそのようなグループを良くも悪くもコントロールしてきたが、そのようなグループが政権中枢に参入できたわけではない。

ロシアは反リベラリズム権威主義的だが、だからといってそれが直ちにファシズムとつながるわけではない。

本書で取り上げられるロシアに見られる唯一のファシズム的兆候はマチズム的サークルの増加である。プーチン政権下では武道・スポーツ団体、青少年団体、バイカーサークル、自警団組織などの保守的傾向の強い団体が国家の庇護の元で拡大してきた。

 

私としては、ロシアはファシズム体制ではないという筆者の理論に概ね同意する。ただしこの本が書かれたのは2021年でありウクライナ侵攻前である。プロパガンダとして語られるロシアのウルトラナショナリズム的な言葉を、真の戦争目的として真面目に捉えるべきではない。

しかし戦場のナラティブは銃後に伝染する。ソ連崩壊後の混乱を収めた強い指導者としてプーチンは君臨している。今次の戦争で溢れたウルトラナショナリズムを利用した、「より強い」指導者が現れる可能性もあるのではないか。それが数年後のプーチンなのか、別の誰かなのかは分からないが。

*1:そして恐らく戦時中の大日本帝国ファシズム体制と言えるかは怪しい。本書では大日本帝国は肯定的にも否定的にも全く登場しない