読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

戦時下の少女倶楽部・メディアミックス・エス

 

日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)

日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)

 

 こないだ辻田真佐憲・著「日本の軍歌」を読んだ。僕のような素人にも分かりやすく、新書サイズで日本における軍歌の歴史が書かれており、軍民一体となった一大軍歌大国日本の様相がつかめる面白い本だった。

この本の中で触れられている、有名な軍歌「同期の桜」の元となった歌「二輪の桜」が気になったので、ちょっと国会図書館に行って掲載されている少女倶楽部1938年2月号を読んで図書館カレーを食って帰ってきた。

「二輪の桜ー戦友の歌ー」は西條八十の詩だ。辻田氏はレコード化された時の歌詞を本に載せているが、少女倶楽部掲載版を引用してみよう。

君と僕とは二輪のさくら、
積んだ土嚢の陰に咲く、
どうせ花なら散らなきやならぬ、
見事散りましよ、皇国(くに)のため。

君と僕とは二輪のさくら、
おなじ部隊の枝に咲く、
もとは兄でも弟(おとゝ)でもないが、
なぜか気が合うて忘られぬ。

君と僕とは二輪のさくら、
共に皇国(みくに)のために咲く、
昼は並んで、夜は抱き合うて、
弾丸(たま)の衾で結ぶ夢。

君と僕とは二輪のさくら、
別れ別れに散らうとも、
花の都の靖国神社
春の梢で咲いて会ふ。

 読めば分かるが男性同士のただならぬ関係を思わせるような歌詞だ。知られている「同期の桜」の歌詞と比べれば、耽美でなよっとした感じである。辻田氏は

一九三〇年代の日本には、女学生間の親密な関係を示す「エス」と呼ばれる文化があった。男女間の恋愛が禁忌だったために、ことさら女性同士の関係がテーマになったという。

しかし、戦争を舞台にして女性同士の詩は作りにくい。かと言って男女間は禁忌。そこで西条は男性同士の関係を示唆するかのような、当時の価値観からすれば余計に危うい内容の詩を書いてしまった。

としているが、この歌詞だけからは必ずしもそこまで読み取れない。戦前にもBL的な嗜好があったのかもしれないと思い実物を見に行ったのだが、読んでみればなるほど、たしかにこれは「エス」の文化によるものだった。

少女倶楽部1938年2月号にはこの詩の後に西條八十・作、須藤重・画の小説が掲載されている。あらすじを以下に述べる。

少女が上海で戦う海軍陸戦隊の兄のために、お守りの片方の靴下を送る。入れ違いに兄から届いた手紙には戦地であった凛々しい女性のことが書かれていた。しばらくして兄の戦死の報が届く。

喪中に女性から手紙が届き、お守りを預かっていることと、兄の戦死の詳細が書かれていた。兄は便衣兵を追撃中に夜襲を企てる中国軍の本隊に遭遇。傷ついた戦友を助けつつ帰還し、敵の襲来を告げるも、その直後に銃弾に倒れたのだった。

看護婦を志して上京した少女が夜に片割れの靴下を眺めていると、隣の病院の窓から若く美しい看護婦が兄の好きだった「二輪の櫻」を歌っていた。ある日隣の病院が火事になる。若い看護婦が燃える建物の中に駆け込んでいき、炎の中から出てきた彼女の手には、少女が兄に送ったお守りの靴下があった。これをきっかけにお互いを知った二人は姉妹のように友誼を結び、共に従軍看護婦として戦地に旅立つのだった。

たしかにこれは少女どうしの擬似姉妹的な関係を描いた「エス」文化のものだろう。

ラストはいかにも時局を感じさせるものではあるが、西條の文は少女向けに平易ながら格調があり、須藤重の美しい挿絵もあって今読んでも楽しめるものだった。

この詩は後にレコード化されたそうだが、小説中でも歌うことができる「曲」として扱われている。辻田氏はそこら辺書いていないが、同じ講談社のキングが「出征兵士を送る歌」を企画しているところを見ると、「二輪の桜」も元々軍歌を軸にしたメディアミックスを狙っていたのではないかとも思える。

 

二輪の桜以外にも少女倶楽部1938年2月号をざっと通し見してきたのだが、色々と発見があって面白かった。当時は南京陥落が伝えられた直後という時局だったらしく冒頭で写真特集として高松宮殿下上海訪問や南京陥落の写真が載せられている。

戦時下と入ってもまだ連勝ムードで銃後の生活も悪くなかったことが察せられる。巻末の編集部コメントでは、好景気で部数が増えに増えており、次号は南京陥落記念の特別増刊号になると書かれている。二輪の桜を始め、戦陣訓(1941年)が出る前から「死にたがり」な感じの英雄譚がたくさん載っているが、花王石鹸の研究部社員が書いた「いつも美しい髪を保つには」という美容記事もあるなど、軍国ブーム一色というわけではない。ちなみにその記事には「髪を洗うのは1週に1度か1月に3度がよい」とあった。

雑誌の構成としては小説と漫画が多かったのだが、二輪の桜以外に目を引いたものとして「この姉妹(きゃうだい)」(横山美智子・作 須藤重・画)があった。これも「エス」文化を色濃く感じる作品で、

血を分けた妹と知りながら、妹よ、と名乗りも出来ず出征しゆく兄、互いに双生児とは知らず相慕い合う二人の少女、優しくも麗しい涙の感激物語

 というアオリで始まり、

(あなたのお兄さんも良い方だったけど、あなたもいい方ね、大好き……大好き……)

阿佐子は、あかぎれとひびに荒れた花代の手をとって撫でた。花代の目から、涙があふれ出た。濃い臙脂いろのあったかそうならくだの外套と、粗末なエプロンの二少女は、二つの同じ花を見るような顔を親しく寄せあって、夕暮れの寒い店かげに二人とも涙をこぼしつづけた。

 という表現などはなかなかどきりとさせられたのだが、期待して読んでいるとデウス・エクス・マキナ的なとんでもないオチがあってぶったまげた。

懸賞の商品としてオルガン、蓄音機、フランス人形といういかにも少女的なものもあるのだが、高射砲文鎮、戦勝ニュース筆立、軍国えはがきというよくわからないものもあった。少年向け雑誌と共用だったりしたのだろうか。

あと、戦前でも洋風を意識しているときは左から右の横書きを使う場合もあったんだね。広告で、フランス製を謳う「ズロース兼用月経帯 シーズンバンド」の文字がそうだった。その下の商品説明などは、右から左の横書きで書かれていた。