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劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語 感想:愛はさだめ、さだめは……

 

カラフル(期間生産限定アニメ盤)

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予断を持たずなんも考えずに見に行ったこともあって、思いもよらないものを見せつけられてED前のあたりではぽかんとしていた。しかし、最後のボロボロのQBを前に月夜に踊るほむらの絵を見てなにやらニタニタと笑ってしまった。痺れた、というのが一番いい表現だと思う。以下まとまらない感想。

TRPGトーキョーN◎VA」のテーマに「スタイルを貫く」というのがあるが、僕はそういうキャラが好きだ。倫理でも欲望でも愛でも技でも何でも、一つのことにこだわって他を顧みずそれを貫くというキャラを見ると胸が熱くなる。

そういう文脈で僕は暁美ほむらというキャラを好きになり、TV版の最後でまど神さまによる恩寵が与えられたことも素直に「よかったねおめでとう」と感じていた。ほむらの生き方が肯定されたと感じた。だがしかし、世界を歪ませても戦い続けた愛の戦士であるほむらにとって、それでは足りなかったのだろう。ブラスレイター以降キリスト教モチーフ大好きな虚淵のことなので、嫉妬により神に反逆したルシファーみたいなモチーフを入れてくることは自然かもしれない。

いやまあ嫉妬とはちょっと違うんだが、まどかを助ける自分になりたいと願ったほむらにとって、恩寵を受けるだけではやっぱり足りないのだ。ほむらの愛を、欲望を肯定するなら、当然ああなる。そこら辺いざとなれば自分を捨てられるまどかとほむらは違う。正義・秩序・勇気とかいう概念は、時にもっと根源的な欲望を曲げる・昇華するために用いられる。そういうのがないほむらには、自分を抑圧することは出来ても、曲げることが出来ない。変わらない。

愛を自らのさだめとして貫き通したほむらは、だがあんまり幸せそうには見えない。自分を騙した作った世界や、円環の理に回収された未来のほうが、あるいは幸せだったかもしれないのに、愛の為に、まどかを助けるために、自分も与える側になるために不幸を目の前にしても進んだ。そういうキャラであるほむらが、僕は好きです。

 

雑感 思いついたら随時追加

・変身シーンで4人が自分の影を破って魔法少女としての自分になるみたいな演出だった中、まどかはちょっと違う印象を受けた。やっぱりまどかは自己肯定ができる子ということなんだろう。

・円と球のモチーフが繰り返し出てくる中で、ソウルジェムを噛み砕き半分の月の下で踊るほむらにはやっぱり痺れる。

・脚本以外は非常にファンサービスがいいというか、絵は圧倒的だし、戦闘はカッコ良かったし、キャラの演出も色々と見たかったものを見せてくれた。特にほむらとマミ・杏子の微妙な距離感が好きです。だからこそ脚本が際立つというか何というか。

・陰陽とかはっきり反発するものとかについて考えていると、ブレンパワードのユウの長台詞を思い出して笑ってしまう。

 ・ほむらの世界ではほむら一人が汚れを引き受けて、QBに浄化させてるのかね。なんか溢れ出てるみたいだけど。